2010.07.30 00:53 更新
南都 栄華の夢跡/平城宮跡(奈良市・奈良県)
あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり
(小野老朝臣)
日本最初の本格的な都城は、694年に造営された藤原京(現・奈良県橿原市)であるが、わずか16年で放棄(都市構造やインフラに問題があったためともいわれる)。710年、現在の奈良市に新たな都が造営された。これが有名な平城京である。
唐の長安城をモデルにしたと言われ、京内を碁盤の目状に区切る条坊制を採用しているが、周囲を城壁で囲まなかった点が、中国の都城とは決定的に異なる。異民族との戦いに備える必要が事実上無かったためだろうが、その面では極めて政治的な都市であった。最盛期の人口は10万(20万とも)に達し、長岡遷都までの74年間、天下の中心として大いに栄えた。
平城京は東西4.3㌔、南北4.7㌔の広さを誇り(それでも長安城の1/4だが...)、その北端に、帝が暮らす内裏・政庁などをまとめた「平城宮」があった。都が京都に移り、長らく荒廃していたが、明治期以降、発掘調査と保存が進み、現在は国の特別史跡・世界遺産にも登録されている。日本で遺跡が世界遺産に選ばれたのは、この平城宮が初めてである。
2010年は、平城京の遷都から1300年目。平城宮跡では、朝廷の正殿たる大極殿をはじめ、かつての建物を復元する動きが進んでいる。古の花の都が、再び栄華の一端を垣間見させてくれるかもしれない。今年は奈良から目が離せそうにない。
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(写真上)草原の彼方に浮かぶ、復元中の大極殿。写真は冬季のもので、現在は装いも大きく変わっている
(写真下)ありし日の平城宮の復元図。奥は帝のおわす内裏、手前が政務のエリアである