第14話

量り売り

 「おさとう1斤(きん)ちょうだい」
 「おしょうゆも2合ね」 
 昭和30年代はもう学校の授業ではキログラムやリットルなどメートル法が使われたが、日常生活の計量単位はまだまだ尺貫法が主流だった。
 買い物の際にも尺貫の方が通りはいい。「砂糖を1斤(600グラム)と醤油2合(360ミリリットル)買ってきて」。ボクらがお使いに行かされるときも、こんな具合だ。

tennsenn.gifのサムネール画像 当時の鹿児島市にはデパートを除けば小さな店が寄り集まった市場があるくらいで、大型のスーパーマーケットはまだ登場していない。大抵の物は近くの八百屋で買うことができた。そのほとんどが量り売りだ。店では醤油も酢も油も1合だろうと1升(1.8リットル)だろうと必要な分だけ売ってくれる。
14-1.gif 砂糖、塩、味噌も客の求める量を秤(はかり)に掛けて新聞紙や油紙で作った袋に入れてくれた。
 酒屋で買う焼酎も量り売りがあった。醤油などと同じく、家から持参した空き瓶に枡(ます)で量って漏斗(じょうご)から注いでくれる。いま氾濫している使い捨ての容器と比べ、はるかに「エコ」な消費生活だったと言える。
 ボクは親父の晩酌の焼酎をよく買いに行かされた。空の一升瓶を抱えて近くの酒屋まで行き、握り締めた小銭を出して2合か3合の焼酎を注文する。時には「かけ」で買いに行かされることもあったが、店のおじさんはいつもの愛想で焼酎を注いでくれた。

 お菓子も量り売りが多かった。一番量があるのは芋かりんとう(イモケンピ)だ。10円で両手に余るほどの量を紙の袋に詰めてくれる。動物ビスケットも丸ボーロもお菓子屋の14-2.gifケースやガラス瓶から取り出して秤に載せる。
 量り売りのお菓子の「王様」は山形屋デパートの地下にあった。クルクル回る円盤型のケースはいくつかに仕切られ、カラフルな包み紙のお菓子がそれぞれ山と積まれている。まるで、お菓子のメリーゴーラウンドだ。その豪華さに加えて、そばに立っている売り子のおねえさんがきれいなことも、お菓子の高級感を一段と高めていた。こんなお菓子はめったに買えないのだが、眺めているだけで楽しかった。


tennsenn.gifのサムネール画像 晩ご飯のおかずにしょっちゅう出てくる小魚のキビナゴは、刺し身で残ると醤油に漬け込んで翌朝からの食卓に並ぶ。刺し身の残りはまたボクらの釣りのエサにもなった。最初から釣りエサ用に魚屋で買うこともあるが、今と比べるとうそのように安いのだ。十円玉をいくつか店のおばさんに渡す。おばさんはキビナゴを新聞紙の袋ごとドサッと秤に載せるが、目はよそを向いたままだ。ちゃんと量っているのかどうか疑わしくも思えるのだが、その量は使い切れないほどある。魚が釣れなくてもエサはそのまま、またもや晩ご飯のおかずになった。
 今はスーパーに限らず、店で買う食料品のほとんどが決まった量のパック詰めだ。「こんなにいらない」と思っても余分に買うしかない物もある。「一人分だけあればいい」。そんな人のために都会では食料品の「百円ショップ」も登場し、独身者らに重宝されていると聞く。そういえば鹿児島でも一部のスーパーには惣菜の量り売りコーナーが置かれている。
 それならいっそ、昔のように量り売り専門の店を復活させてみてはどうだろう。人数に応じて必要な量だけ買えばいい。入れ物は持参にする。衛生面さえ気を配れば、財布にも環境にもやさしいこと請け合いだ。

  
次回は第15話 子どもがウヨウヨ 




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