第29話

映画三昧

 生まれてから今までに何本の映画を見ただろう。いつ、どこだったかも定かでない幼い頃のおぼろげな記憶の中に映画館の暗闇と銀幕が存在する。誰かにおんぶされ、訳も分からないまま連れて行か29-1.gifれたのだろうか。だが、字も読めない年齢で洋画館について行った思い出はくっきりしている。結果的に人より早く字を覚える効果をもたらしたのは映画の字幕と漫画雑誌にほかならない。中学生の時には友達同士でオールナイト上映に出かけたし、高校時代は学校をさぼってまで映画見に行った。浪人時代(いや勉強らしいことを全くしないので浪人ではなく、当時流行ったフーテンの呼び名が適当だろう)も大学時代も、女の子とのデートは専ら映画館だった。テレビの映画劇場やレンタルビデオ・DVDを除くと、ボクが見た映画の多くはこの時期、特に中学・高校の頃に集中している。

 ボクが中学生だった頃、鹿児島市内には15館を超える映画館があり、合併前の谷山市にも映画館があった。川内市(今の薩摩川内市)には2館、鹿屋市、国分市(今は霧島市)ほかの地方都市にも映画館はあったから、県内では20館以上が営業していたことになる。
 当時の映画館は今とはかなりスタイルが違っていた。今はシネコン(シネマ・コンプレックス=複合上映施設)ばかりで上映期間も短く、期間中に見逃すとレンタルビデオかDVDが出るのを待って、家で見るしかないが、当時は新着映画を上映する封切り館のほかに再映館があった。ヒット作を封切りの数ヵ月から数年遅れで再上映し、料金も安い。
 邦画は東宝、日活、東映、松竹、大映の大手映画制作会社ごとに鹿児島市の中心部・天文館周辺に封切り館を持ち、洋画では文化劇場が封切り館で、主にハリウッド映画の新作を東京よりもかなり遅れて上映した。
 繁華街を流れるどぶ川・清滝川のほとりにあった「ナポリ座」は洋画の再映館だが、封切り館では掛からないフランスやイタリアなどヨーロッパの秀作も上映した。

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29-2.gif 騎射場電停近くにあった「名画座」は邦画と洋画の再映館がふたつ並ぶ贅沢な映画館だったが、テレビに押されて娯楽としての映画が衰退するとともに客足は減り続け、閉館に追い込まれていった。末期には館名にそぐわない「ピンク映画」も上映したが、生き残りは果たせなかった。閉館の足音が聞こえ始める頃、もう社会人になっていたボクは休みの日に何度か「名画座」に行った。客のまばらな場内をネズミがカサコソ走り回っても、安い料金でゆっくり映画を楽しめる庶民の「憩いの場」であった。映画史上に燦然と輝く名作『道』で知られるイタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニの晩年の作品はここで見た。『スター・ウォーズ』のジョージ・ルーカス監督が世に出るきっかけとなった『アメリカン・グラフィティ』も初めて見たのは「名画座」で、封切りからはだいぶ後のことだ。鹿児島大学から近いという地の利もあって映画好きの学生に合わせたラインナップだったのかもしれない。
 「ナポリ座」は閉館まで「名画」を上映し続けた。チャプリンの無声映画特集や『カムイ伝』の漫画家・白土三平の出世作『忍者武芸帳 影丸伝』をスライド映画化した大島渚監督の実験的な作品も上映した。大手の映画会社の支配下に甘んじることなく、独自の企画を打てるのも再映館ならではの持ち味であった。

tennsenn.gifのサムネール画像 洋画の再映館では文化劇場の系列の「第二文化」のほかB級映画を主に上映した「大劇」があり、この2館がボクらには思い出深い。サスペンス映画そのままにヒヤヒヤした現実もある。
 その一つは中学時代の第二文化での出来事。当時の校則では、中学生以下は親と同伴でなければ映画館へは入れない決まりだった。そんな決まりをボクらが守るはずがない。ある土曜の放課後、いつもの三人組で第二文化に出かけた。映画館はいつ来ても楽しい。ウキウキする。そんな気分で休憩時間に何気なく後ろの席を振り返って、心臓が飛び出した。何と見慣れた教師の顔がそこにあるではないか。若い美術の「げんこつ教師」だ。まずい、と思いつつもとりあえず三人で「エヘヘ」と愛想笑いで頭を下げ、あいさつした。
 隣にいるのは美人の奥さんだ。先生はボクたちに「食うか?」とガムをくれた。どうやら機嫌は良いらしい。見ている映画も良かった。『アラビアのロレンス』。第1次大戦中のアラブ独立戦争を描き、アカデミー賞をいくつもさらった名作だ。中学生の自分には難しくてよく理解できない部分が多かったが、迫力のある美しい映像だった。こんな映画なら校則違反も許してもらえる。
 そんな考えは甘かった。月曜日、登校するなり職員室へ呼び出しだ。担任は穏やかな表情でげんこつをくれた。それから職員室の隅っこで正座の罰も与えられた。今頃ほかの二人もどこかで罰をくらっていることだろう。足の痛さと銀幕の外の現実を厳しく思い知らされた。

 次回は第30話 「映画館危機一髪!」



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